玉虫塗と薬玉のご紹介

玉虫塗

「玉虫塗」は、艶やかに照り返す発色と光沢が特徴の、仙台生まれの漆芸です。光の加減で色合いが微妙に変わる、その豊麗な色調がタマムシの羽根に似ていることからこの名が付けられました。
独特の風合いに加え、「玉虫塗」はもともと国策として開発された特許技術であることも大きな特徴です。「玉虫塗」は、昭和7(1932)年、国の初めての試みとして仙台に設置された国立工芸指導所で、「輸出」のために開発されました。当時指導所では、海外の嗜好に合うように、色、デザイン、質感すべてに熟考を重ねて新しい漆工の可能性を模索していました。そこで開発されたのが、「銀粉」を撒き、その上から「染料」を加えた透明な漆を塗り上げるという独特の技法です。この着想を取り入れることで、これまでの漆器にはない、鮮やかな色と輝きを出すことができるようになりました。?
東北工芸製作所は、昭和14(1939)年に玉虫塗の特許実施権を得て、その後、国内・海外向けに次々と新商品を製作しています。昭和60(1985)年には宮城県の伝統的工芸品の指定を受け、現在は献上品、記念品などでも多数の製品を販売し、仙台の特産品として親しまれています。

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現代によみがえる贈り物 伝統工芸×薬玉

 薬玉は、平安時代、貴族の間で贈り物として流行しました。本製品は、こけし職人が木取りした後、宮城県指定の伝統工芸である玉虫色で仕上げた薬玉です。新築祝い、結婚祝い、還暦祝いなどの御祝いの品として、ぜひご活用下さい。

 

~薬玉(くすりたま)とは~

 現代において、開店祝い、落成記念、大会開催や開通式などに用いられる 「くす玉」は、本来「薬玉」であり、薬用香料を使い、邪気を払う長寿の象徴として 用いられたものです。
香料としては、現在の漢方薬でも用いられている麝香(じゃこう)、沈香(じんこう) などの香料が使用されていました。
また、端午の節供に屋外に立てる吹き流しは 薬玉の変化したものといわれます。
薬玉の由来は、中国の後漢(25~220)およびそれ以前から端午に五色の糸を ひじにかけて、魔除けのまじないを行う風習が日本へ伝わったものです。
日本では、平安時代に流行し、貴族の間では贈答品としても扱われ、「源氏物語」 にもその場面(例えば、花散里が源氏の君から初めて薬玉を贈られて喜ぶ場面や、 玉蔓のところへすばらしい薬玉が様々な殿方から届けられた場面、紫の上が明石の 姫君に女房が薬玉をつけるのを優しく見守る場面など)がいくつか出てきます。
薬玉の使われ方としては、5月5日の端午の節供(節句)に、不浄を払い、邪気を 避ける用具として柱などにかけられました。そして九月九日の重陽の節供には、 香りの薄まった薬玉を重陽の節供に作った新しいもの取り替えました。
なお、日本書紀には、5月5日に推古天皇が百官を率いて奈良の兎田野で 鹿茸(ろくじょう:鹿の幼角で現代でも強壮剤として使用される)や薬草を摘んだとの 記述があり、以後これを“薬猟(くすりがり)”として恒例とし、5月5日を“薬日 (くすりび)”としたとされていいます。
このように、5月5日は、薬との縁が深い日です。
そして、江戸時代になるとこの習慣は廃れたものの、造花で作った薬玉売りも現れ、 民間で女児の玩具として流行する形で残りました。

 

 

薬玉の木地製作工程

薬玉の木地制作工程を動画ご紹介します。

 

 

玉虫塗 薬玉

※音声が出ますのでご注意ください